とあるSNSでの口コミをきっかけに、ファンになったり、ハマってしまったりした経験はありませんか? 口コミは企業のマーケティングにも取り入れられ、現代社会において目にしない日はないほど、今や身近な存在です。
そんな口コミをスポーツマーケティング分野で研究されている浅田瑛先生に、ファン獲得において口コミがどのように働いているのか、また口コミの効果が高くなる条件について伺いました。
お話を聞いた人:浅田瑛さん
神田外語大学国際ビジネスキャリア専攻講師。専門はスポーツマーケティング、ファン心理・ファン行動。「人がファンになるメカニズムを探索する」をテーマに、口コミやブランディングに関する研究を行っている。
ーー まず、先生の研究内容について教えていただけますか?
浅田瑛先生(以下、浅田先生):私の研究分野は「スポーツマーケティング」です。スポーツマーケティングとは、スポーツチームやスポーツイベントの主催者などが効率的に収益を上げるための方策を検討する研究領域です。特に、私は「人がどのようにスポーツファンになるのか」に焦点を当てて研究しています。
ーー 研究を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
浅田先生:子どものころから野球をやっていたこともあり、高校時代から「スポーツに関わる仕事がしたい」と思っていました。大学ではスポーツマーケティングのゼミに入り、卒業研究では「人気のあるスポーツとそうではないスポーツの違いは何なのか」というテーマに取り組みました。
日本サッカー協会や日本ハンドボール協会など、10以上の競技団体を対象に、普及戦略・普及活動に関するインタビューを実施しました。当時は「人気の違いはマーケティング戦略の差だろう」と思い込んでいたのですが、ほとんどの団体が共通して語ったのが「人気は情熱を持つ人たちの活動から生まれた」という点でした。そのスポーツに熱心な個人がイベントや大会を開き、その魅力を周囲に伝えていくことで自然と人気が広がった、という話が多く出てきたんです。
スポーツは製品やサービスではなく、文化そのものです。人と人がお互いに話し合って、ルールを決めたり大会を運営したりする中で、自然に変革していくもの。いわゆる「CtoC(消費者同士)のコミュニケーション」が生まれ、進化していくものだと理解しました。この気づきが、その後の口コミ研究につながりました。
ファンを生み出す「社会化」というプロセス
ーー そうして「口コミ」の研究に注力されていくわけなんですね。日本を代表する人気スポーツであるプロ野球では、口コミがどのように働き、今日の人気に影響を与えたのでしょうか?
浅田先生:一つ大きな要因として「社会化」という観点があります。簡単に言うと、社会化とは、その社会に溶け込むために必要な知識や態度、行動を身につけていくプロセスのことです。例えば、私がアメリカに留学したとき、レジで「やあ、元気?」と声をかけられて戸惑った経験があります。日本にはない習慣ですよね。でも、そこから見ず知らずの人とも世間話をする社交性やスキルを身につけ、アメリカ社会に徐々に溶け込んでいきました。これが社会化の一例ですね。
なぜこの社会化が重要かというと、ファンも一つの「社会」を形成しているからなんです。例えば、スポーツチームのファンは「このチームにはこんな選手がいる」「このチームには絶対負けたくない」「この場面ではこの応援歌を歌う」といった共通の知識や感情、行動規範を持っています。ファンになることは、そのチームを単に好きになるということではなく、そうした知識や行動を身につけファンという「社会」に溶け込んでいくプロセスだと言えます。そして、そのプロセスには「社会化エージェント」の存在が欠かせません。
ーー 社会化エージェントというのは?
浅田先生:社会化エージェントとは、他の人がその社会になじむ手助けをする存在のことです。親や友人、近所の人などがその役割を果たします。この社会化エージェントが「このチームはこういう選手がいる」「絶対あのチームには勝たなきゃいけない」などの情報を共有し、ファンの文化や行動を伝えることで、新しい人がファン社会に溶け込むお手伝いをする役割を果たします。
社会化エージェントが周囲の人を「ファン社会」に引き込み、その後も支えていく。例えば、親が野球ファンだったから子どもも野球ファンになった、というケースもよく耳にしますよね。これが、人気スポーツが人気スポーツであり続ける大きな理由の一つだと考えています。
ーー なるほど、もはやプロ野球は「文化」となっていますもんね。
浅田先生:プロ野球に関して言えば、当時の社会背景も後押ししてくれましたよね。戦後の日本では、他のスポーツ・エンタメの選択肢が少なかったため、野球というコンテンツが注目を集めやすい環境が整っていました。初期のファンが口コミを通じて周囲に情報を広げ、さらに自分の子や孫の世代を巻き込むことで、プロ野球は文化として定着してきたのだと思います。
家族だけでなく地域も重要な社会化エージェントです。阪神タイガースファンや広島カープファンのように、特定の地域に根差したファン文化があることで、周りの影響を受けて自然とその輪に入っていくことができます。地域全体が応援している雰囲気があれば、自然とファンになる人が増えていくはずです。
自分と似ている人の口コミだと効果が高い!?その理由とメカニズム
ーー 新しいファンを獲得する上で、他にはどんな口コミのメカニズムがあるとお考えですか?
浅田先生:口コミが信頼性の高い情報だと感じられる、というのも重要なポイントです。例えば、自分がまだ買ったことのない製品やサービスに関して、それを販売している会社から「これはいいものです」と言われても、それを信じていいのかわからないですよね。そこで登場するのが信頼できる人の口コミです。
ーー 確かに、親や友人が勧めると説得力がありますね。
浅田先生:そうなんです。例えば、親しい人が「この試合、本当に楽しかったよ」と言えば、その情報を受け取った人も安心して試合に足を運ぶことができる。このように、信頼性の高い口コミがファン拡大の鍵になりえます。
私が修士課程で行った研究では、口コミの影響力に関わる要素として今お話した「信頼性」の他に、「専門性」「情報量」「熱量」を分析しました。

「信頼性」:その人が信頼のおける人かどうか
「情報量」:提供された口コミがどれぐらいの情報をもっていたのか
「熱量」:その口コミの伝え方がどれぐらい熱心だったか
浅田先生:この研究では、スポーツ観戦に関する口コミをされて、実際にその試合を観戦した人にアンケートをしました。その回答を分析した結果、信頼性、情報量、熱量は口コミの影響力を大きくすることが確認されましたが、専門性にはそのような効果は認められませんでした。つまり、口コミをする人がそのスポーツのことをどれだけ知っているかはそれほど重視されないという傾向が見られたんです。
ーー 専門性が直接的な影響を持たないとは意外ですね。その理由は何でしょう?
浅田先生:これは口コミの対象によって異なると思います。例えば、テクノロジー製品なら「この人、本当に詳しいのかな?」と専門性を重視しますが、スポーツではそこまで求められません。ただし、これが「類似性」と結びつくと話は変わります。
ーー 類似性が影響するとは、どういうことですか?
浅田先生:類似性とは、口コミをされた人が、口コミをした人を「自分と似ている」と感じる度合いを指します。自分とライフスタイルや感覚が似ていると、「この人の言うことなら聞いてみよう」という心理が働きます。そして、類似性が高いと感じたうえで、「私実はこのスポーツには詳しくてね」と言われると、その口コミの説得力が増す。つまり、類似性が専門性の効果を引き出す重要な役割を果たしているんです。

熱狂的なファンはよく口コミをする傾向があります。そしてまだファンになっていない人から見ると熱狂的なファンはそのスポーツのことをよく知っている「専門家」です。しかし、その熱狂的なファンの専門性もただでは役に立ちません。むしろ専門性の高い熱狂的なファンの口コミって、まだファンじゃない人からしたら、ちょっと壁を感じてしまうというか、引いちゃうというか。
ーー たしかに、思い当たる……。
浅田先生:いくら人気のないチームでも、熱狂的なファンは必ずいます。しかし熱狂的なファンがいくらSNSで投稿をしてもファン増加に直結しないのは、もしかすると、そんな壁を感じてしまうからなのかもしれません。
熱狂的なファンが口コミをしたときに、ファンじゃない人が「行ってみよう」と思うためには、壁を崩すために「この人、自分と似てるわ」と思わせなきゃいけない。「似ている」と思ってもらえれば、熱狂的ファンの持つ専門性が効果を発揮し、口コミの影響力も高くなるということですね。
ーー ファンを増やすには、類似性を感じてもらえるようなコミュニケーションが重要になってきそうですね。具体的にそのような取り組みを行っている事例はありますか?
浅田先生:アメリカで一般的な「ドッグデイ」というイベントが良い例ですね。愛犬を連れてスタジアムで試合観戦できるイベントです。こういうイベントがあると、口コミの入りが変わります。例えば、「あなたも犬飼ってるよね?今度ドッグデイっていうイベントがあるんだけど、一緒に犬連れて行ってみない?」と誘うと、「そのチームのファンかどうか」よりも「犬を飼っているかどうか」という点が強調されます。これが熱狂的なファンとまだファンじゃない人の会話であったとしても、共通の話題でつながることができるはずです。
ーー「犬好き」という共通点が、口コミの効果を高めるのですね。
浅田先生:その通りです。「犬好き」という類似性が強調されることで、ファンでなくても参加しやすくなります。その類似性が感じられたうえで、誘った人が「実は私このチームの大ファンで、試合めちゃくちゃ面白いんだよ」と熱を込めて話せば、その専門性がより説得力を持つようになります。類似性が壁を取り除き、次に専門性や熱量が口コミの効果を強める、という流れですね。
これ以外にも、とあるスポーツチームがファンのドキュメンタリーを作り、SNSで公開した事例もあります。その映像では、普段はペンキ職人として働きながら、週末にはスタジアムで応援するファンの姿を数分の映像で紹介していましたが、ファンじゃない人にとってはとても新鮮だったようです。
ファンじゃない人から見ると、熱狂的なファンというのは「ただ大声で応援している人」としか見えていません。でも、実際には彼らも自分たちと同じ街に住み、同じスーパーで買い物をしている普通の人たち。映像を通してファンのイメージがより多面的になれば、「自分と似ている部分があるかもしれない」と共感が生まれるでしょう。
ーー たしかに、自分と似ているあの人もハマってるんだから自分もハマるかも?と感じられて観戦しに行ってみたくなるかもしれません。
浅田先生:そうですね。ファンと非ファンの間に別のアイデンティティや共通点を作ることで、口コミの影響力を広げることができます。この手法は、スポーツ以外の分野でも応用可能だと思います。
口コミの未来とは?
ーー 先生のこれまでのお話から、口コミには文化や人間的なつながりが重要だと感じました。一方で、AIの台頭や技術の進化によって、口コミの未来はどう変わるとお考えですか?
浅田先生:技術の進化は確かに口コミに影響を与えていますが、昔ながらの口コミの重要性がなくなることはないと思います。例えば、SNSに投稿された口コミは、見る側が興味を持たなければ簡単にスルーできますが、対面の口コミはそうはいきません。さらに、対面だと口コミをしてくれる人の信頼性を直接ジャッジできるため、新規ファンを引き込む力が強いのです。
ーー 対面だからこそ、人間的なつながりが効果を発揮すると。
浅田先生:一方で、オンラインの口コミには別の役割があります。オンラインでは膨大な情報にアクセスでき、多くの人の意見を比較できます。「この意見が主流なんだな」と判断するのに役立つので、興味を持った人がさらに情報を深掘りするためには非常に重要なツールです。
この二つが共存することで、より効果的な口コミが広がると考えています。結局、人は感情に基づいて意思決定をする部分が多いですから、対面の口コミが持つ温かみや信頼感の重要性が失われることはないかと思います。オンラインの情報と合わせて活用することで、今後も口コミの力は大きな影響を持つでしょうね。
ーー 口コミの未来は、テクノロジーの進化だけでなく、人間らしい要素との共存にあるのですね。
浅田先生:ええ。人間の感情やつながりは、どれだけ技術が進化しても変わらない大切な要素だと思います。
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